●エッセイ4
バリ人のバリごはん

ナシチャンプールはバリの最も有名な食べ物。

ナシチャンプールは、バリ人が毎日食べているバリ人のための食べ物で、言ってみれば、究極の"バリごはん"と言えるんじゃないでしょうか。でもこれは、インドネシア料理なので、バリ人だけに限らずインドネシア人ならみんなが食べているものです。料理と言うよりも食事、日本で言えば丼ものみたいなもので、栄養満点の手軽に摂れる合理的な食事です。一枚のお皿の上に白いごはん。その上にいろいろなおかずをのせて、これを手で混ぜ合わせて食べます。バリ人の食事と言えば、たいていはこのナシチャンプールを指すのです。こういうと、じゃあ他に食べ物はないの?なんて聞かれますけど、もちろんありますよ。ありますけど、ナシチャンプールの場合おかずはなんでも具になってしまうので、たとえいろいろな料理があったとしても、ごはんの上にのせてしまえばどれもナシチャンプールになってしまうわけです。沖縄にはチャンプルーということばがありますよね。ごちゃまぜというような意味でしょうか、バリのチャンプールもまったく同じ意味合いです。じつにアジアっぽい言葉ですよね。

バリの主食はお米。

お気づきの通り、バリの主食はお米です。とくに彼らは白いごはん「ナシプティ」が大好きです。おかずは少なくても白いごはんの量はびっくりするほど多く食べるのがバリ人。沢庵のしっぽで何杯ものごはんをかき込んでいた江戸っ子の話を読んだことがありますが、まさにそんな感じです。そのお米、タイ米のような長粒米ではなく短粒のジャポニカ米で、バリはインドネシアの中でもとくに美味しい米どころとして知られています。そうそう、バリ島を紹介した写真やテレビの映像で、トゥビと呼ばれる山の斜面いっぱいに広がった階段状の美しい田圃(棚田あるいはライステラス)を見たことがあるのではないでしょうか。それはまるで白地図に緻密にかき込まれた等高線のようにきれいで、まさに芸術品。バリ中がライステラスと言っても過言ではありません。

バリのお米の収穫は年に2〜3回。

バリではスバックという水利組合が整っていて、すべての水田(サワー)に平均的に水が供給されるきちんとしたシステムができあがっています。そのせいか、どんな山奥に行っても乾期だからと言って干からびてしまった田圃を見ることはありません。しかも一年中暑い南国ですから、田植えのシーズンも、刈り取りの秋もありません。一年に2回も3回も同じ田圃でお米が収穫できてしまうのです。だから、隣の田圃では田植えをしているのに、こちらの田圃では稲が黄金色に輝いて稲穂がコウベを垂れているなんていう日本人にすれば不思議な光景も見られるわけです。ちなみに、1年に3回収穫しているお米は安いけれどおいしくないそうで、お米好きのバリ人は、やっぱり2回までだよね、なんて言っています。話はそれてしまいましたが、バリは日本と同じお米文化なのです。

食事は楽しみではなく、空腹を満たすもの。

このナシチャンプール、観光客にも人気で、レストランで出されるといきなり立派なメニューになってしまいますが、家庭の食事としてはごく当たり前の日常食です。バリでは家族揃って食事をするという習慣はないので、朝お母さんやお手伝いさんが食事の支度をしておき、それぞれお腹が空いたときに好きなところにしゃがんで食べるというのが彼らの食文化です。ごはんは楽しむものじゃなくて、空腹を満たすものなのだそうです。ごはんは炊くと言うより茹で蒸すといった感じで、できあがったごはんはザルのようなものに入れられて台所の大きなテーブルに出しっぱなしにされます。デンパサールあたりの都会では電気炊飯器が普及してきました。その回りに何種類かのおかずがお皿にのって出されています。言ってみれば大皿料理みたいなものです。ココナツカレーで煮たチキン、鶏の唐揚げのアヤムゴレン、八宝菜のようなチャプチャイ、小魚の唐揚げ、ナッツ...などなど。焼きそばのミゴレンがおかずになるときもあります。もちろん一度に全部でるわけではありませんし、それぞれの家庭で味付けは異なります。家庭料理ですから、鍋のままなんていうことも良くある話です。彼らは日本人のように「食べること」が楽しみということはないので、料理の内容はどの家庭でもほぼ同じ様なもの。一人住まいならおかずはたいてい1品。裕福な家庭でも、種類が少し多くなるくらいです。ちなみにバリで比較的裕福な僕の友人の家でもふつうは3品くらい。パーティをやるときでも5〜6品です。日本のように金持ちだから牛肉にするとか、うちは松阪牛しか買わないわ...なんてことはありません。

屋台でも食堂でも、どこでも。

クタやデンパサールで働いている若者たちは、お昼ごはんを屋台で買ったり、地元の食堂や屋台(ワルン)で食べます。バナナの皮に包んで持ち帰るものはナシ・ブンクスと言います。子供たちがお金をもらってワルンへ行き、店先や道ばたのバレ(四阿のようなところ)でひとり、あるいは友達と一緒に食べたりします。バイクで内陸部をツーリングしたとき、屋台で初めてナシチャンプールを食べました。お腹のことが心配になることよりも、気になったのは油で揚げた小魚。ドジョウのような形で、ちょっと不気味でした。これは何?って聞いても店のオヤジさんは、魚としか答えなかったし、おいしくなかったので、寄ってきた犬にあげたら、カツカツとおいしそうに食べてしまいました。観光客向けのレストランで注文すれば、バリ風焼き鳥のサテや揚げたゆで卵、カレー、アヤムゴレン(鶏の唐揚げ)など、おいしいおかずがたくさん載せられています。真ん中に盛られたごはんが、サフランで色をつけられた黄色いごはん(ナシクニン)だったりもします。このナシチャンプール。誤解を恐れずに言えば、バリの料理がすべてこの一皿に凝縮されている、バリ人のための「バリごはん」なのです。

 


 

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