●エッセイ15
コピバリ

 

バリのコーヒーをバリコピとかコピバリと言う。トラジャコーヒー、バリアラビカ、バリエメラルド、バリキンタマーニ...バリでもコーヒーは採れる。最近では幻のコーヒー、コピルアックも作られている。通常は農園で栽培されているが、少し内陸部に足を踏み入れると赤い実をつけた自生のコーヒーにも出逢う。そのコーヒーの木も、バリで採れるコーヒー豆自体もコピバリと呼ばれるが、たいていはコーヒーの種類より、珍しいその飲み方のほうに興味がわく。

コピバリは、パウダー状に挽いたコーヒー豆が特徴。ベランダで淹れる時は、とくに風に吹き飛ばされないように注意しなければならないし、咳や鼻息さえも注意が必要である。土産物としても有名な蝶のマークのバリゴールドは、エスプレッソやカプチーノに適しているほど、かなり濃い。バリスタイルで飲むのなら、ティースプーン1杯で十分。次に、これまたパウダー状のクリームを入れる。

続いて砂糖。クリームと砂糖の順番はどちらでも良い。元来ブラック党の私は、コピバリも日本で飲むのと同じようにブラックで飲んでいると、砂糖もクリームも入れないのかと、あちらこちらでバリ人に驚かれた。確かにコピバリはうまくなかったが、いちいち驚かれるのも不思議な話しだ。しかし、テと呼ばれる紅茶も彼らは気持ち悪くなるほど甘くして飲んでいたし、当時は肥満体型がいなかったから、ダイエット的なことなども何も考えずに、ただ甘い飲み物が好きなんだろうと勝手に理解した。

しかし、ある時砂糖もクリームも入れて飲む方がおいしいことを知った。スタッフの女の子が、私の好みを知らずに、砂糖とクリーム入りのコピバリを淹れてくれたのだ。ふつうなら気が付いた時点でブラックにして欲しいと取り替えてもらうところだが、こちらも気付かずにそれを一口飲んでしまった。それが実にうまかったのだ。それ以来、バリでは砂糖とクリームを入れて飲むようになった。もちろん甘くないコーヒーが飲みたいときもある。そんな時はクリームだけ淹れて飲むし、どうしてもという時はわざわざカフェまで出かけて行って、そこでおいしいエスプレッソを注文する。

クリームはティースプーン1杯。砂糖は2杯。すなわちコーヒー、クリーム、砂糖は、1:1:2の割合である。これは、今までいちばんおいしく淹れてくれるテピカリのスタッフ、エルナに教わった淹れ方だ。同じさじ加減でも微妙に味が違うから不思議。どんなに頑張っても、エルナが淹れてくれた味には近づけない。

すべてカップに入れたらお湯を注ぐ。もしかすると、この温度で味が微妙に違うのかも知れない。ようくかき混ぜて、3分から5分ほど待つ。浮いていたコーヒーの粉が下に沈んだら、その上澄みを飲む。そして、コーヒーの粉がカップの底に残るくらいのところで飲むのを止める。そんな原始的とも言えるコーヒーの飲み方がバリコピである。濾紙も使わず、インスタントコーヒーのように手軽に飲める。クリームや砂糖を入れたほうが、コーヒーの粉が沈みやすいことも経験済みだ。

エルナの淹れてくれるコピバリはうまい。この一杯を飲むと、バリ島に来た実感もわく。値段も手頃(かなり安い)だし、お土産にも丁度良い。それではと、20年前大量に買い込み、日本の友人知人に配った。家に遊びに来てくれたお客さんや仕事先で出会った人に気前よく配ったことがある。バリの友人に確かめて、バリでいちばん高級でおいしいといわれた蝶ブランドのバリゴールドを買った。

しかし、我が家の食器棚にずっと置かれたままになっている。もう何年も手を付けられないままだ。日本で飲むバリコピは、バリで飲むよりもっとマズイ。同じ要領で飲むのだが、日本の気候風土に合わないようだ。いや、それだけじゃない。バリコピには、コーヒーの命とも言えるあの香りがない。まったまもって致命的である。それでも最初のうちはもの珍しさに喜ばれた。みんなが喜んでくれたのは、バリ島という言葉の響きやまだあまり知られていなかった南の島のイメージであって、味ではなかったのだ。なぜなら、またバリに行くというと、コーヒーを土産にもらった友人から、あのコーヒーはもういらぬと釘をさされた。いくら仲の良い友達だからと言ってそんな失礼なことを言うのだから、よっぽどマズイと感じていたに違いない。多くの人に迷惑をかけたと、申し訳なく思う。

実は、地元の人も、観光客もだいぶ前からそのことに気づいていた。なぜなら、20年前すでに気の利いたカフェやレストランのメニューには、コピバリとともに「ネスカフェ」なるものが共存していた。しかもレギュラーコーヒーより値段が高い。なんだこりゃ?と、オーダーしてみると、それは紛れもないインスタントコーヒーであった。インスタントコーヒー嫌いの私には、わざわざレギュラーコーヒーよりも高い値段でインスタントをメニューに加えるなんて、なんて馬鹿なことをするのだろうかと不思議でならなかった。しかし、気付かなかったのはバリに填っていた当時の自分だけだったようだ。コーヒーの味でいえば、コピバリより、ネスカフェの方が数段上である。

今でこそカフェやレストランを経営しているイタリア人やフランス人は多く、クタ界隈で本格的なカプチーノやエスプレッソを楽しむことは容易い。しかし、ヴィラにいるときは今でもバリコピを飲んでいる。20年間楽しみ続けたせいもあるだろうが、風通しの良いベランダでバリ人と談笑しながら飲むコピバリは、誰が何と言おうと、やっぱりうまいのだ。

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